koeiブラジル通信
koei ブラジル通信

■ご先祖様

戦前、ブラジルに移住した日本人の数はおよそ19万人、その原簿(移民会社作成)が移民史料館にある。もちろん日本語で書かれている。それをポルトガル語にする作業が、2年後の100周年にちなんだ事業のひとつして始まっている。

1908年(明治41)最初の契約移民が「笠戸丸」でブラジルに到着して以来、日系人も五世にいたり、ルーツをもとめる人たちがすくなくない。先祖がいつだれとブラジルに渡り、どこの耕地に入ったかがその原簿には記録されている。

このあいだ、若いブラジル人が訪ねてきた。ヨーロッパ系の端正な顔立ちながら、日本語を話す。本を読むようなたどたどしさはあるが、語彙は正確だ。17歳の高校生。父親が日系、母親が非日系の混血である。

移民原簿

名簿を調べてほしいというので渡伯年月日、船名、世帯主の名前をきく。が、出身地をいわれても文字が思いつかない。県名はいいとして、○○郡△△町×× 発音そのままに漢字があてはまらないのだ。そんな地名は山ほどある。

こっちが書けないでいると、その高校生はこなれた字で見事に代筆した。
ホホーッ、と感心していると、
「わたしの名前はこうです」
これも、よどみなくスラスラスラ。姓も名も漢字で、ブラジル名はなかった。

「うまいね。どこで習ったの?」
「おばあちゃんから。でも、亡くなりました。いまはひとりで勉強しています」
と、なかなかである。

「調べたいのはおじいちゃん?」
おばあちゃんのことを言ったから、三世とふんだのだ。
「いいえ、曽祖父です」
「ひいおじいちゃんね」
そこまではよかった。

「でも、ひいおじいちゃんのおとうさんも一緒にきました」
「ひいおじいちゃんのお父さん?」
えーと、なんと呼ぶんだったかな。咄嗟にでてこない。
「高祖父です」

やられた! 私自身、自分の「祖父の祖父」なんてすぐには思い出せない。まして「高祖父」ということばすらでてこなかった。ご先祖様に申し訳ない。いい歳をした日本人として恥ずかしいかぎりである。

それはいいとして、冒頭の原簿のポルトガル語化の問題点が明るみに出た格好だ。ローマ字化は、日本語の読み書きが苦手な日系人に、難なくルーツがたどれるようにとの狙いであるが、日本語の読み書きがお手のものの日本人でもオイソレとはいかない。

五世君との会話でもわかるように、地名はその地域特有の読み方がおおく、およそ“知名”とはいえない。いわば「地域限定」、関わりのない者にとって正確に読むのは簡単なことではない。

くわえて明治からこのかた、市町村の合併併合は数知れず、筆者など現在進行中の平成大合併においてさえ、旧名を思い出すのにうろたえる有様だ。戦前移民の原籍ないし住所は、まさに明治・大正・昭和初期のそれである。原簿をそのまま読むのはナマナカナことではない。ましてそれを現住所にあてはめようなどと考えたら、地元の役所だってテコズルだろう。とんでもない時間と労力が要る。
というわけで、出身地は県名にとどめることなったという。“正解”というべきだろう。

さて、肝心の人名のほうはどうだろうか。(つづく)

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