| koei ブラジル通信 |
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■カタナ日本刀を寄贈したいというので、サンパウロから321キロのバウルーまでいった。ひと月後に約束していたが、すぐにでもきて欲しいというので予定を早めることにした。電話の声から想像していたより若い、40歳前後の三世だった。独居していた母親が亡くなり、家を売りに出して買い手がついたらしい。寄贈を急いだ理由はそれだった。
家具調度は引っ越したあとで何もない。祖父母はとうに他界していて、そのおじいちゃんが日本から持参した刀だという。大小あったそうだが、脇差ししかのこっていない。
刀といえば文字通り「伝家の宝刀」、代々伝わるその家の宝である。三世氏には、その感覚がわからないかもしれない。じつはこの家に着いたとき、弟夫婦が家の前を掃除していた。非日系の若妻が街路樹の枝を払っている。殊勝な心がけ、「立つ鳥、跡を濁さず」かと感心したのも束の間、もしかしたら、彼女が手にしているのはこちらがもらい受けにきた刀ではないのか。ナタにしては細身、カマにしてはまっすぐだ。
はたしてシンパイは的中。まさに寄贈しようというそれだった。さびが入って刃もぼろぼろ、一見して古びたナタかカマである。それでも切れるから使っているのだろう。「腐ってもカタナ」である。指摘された本人はいくぶん驚いてみせたが、カタナがなにかわかるはずもない。悪びれた様子もなく、義兄にそれを手渡した。
日本から持参した一世の祖父は、おそらく「我が家の宝」としてきちんと保管していたであろう。異国に暮らす日本人としての拠りどころだけでなく、日本刀を家宝にしている由緒・由来に誇りと自負をもっていたにちがいない。
三世氏の話では、父親は祖父からその「いわれ」を聞いて知っていたはずという。ところが父は息子に伝える前に病気で倒れ、今は廃人同様、長患いで死期も近いらしい。刀のことだけではない。祖父の出身地(県)、渡伯年もこたえられなかった。
おそらく、父親の病気後、息子は刀を取り出す機会があったのだろう。みればただの古びた刃物である。銘刀といえども、手入れを怠ればサビが入り、輝きは失われる。そうでなくても移民の常で、度重なる引っ越しと高温多湿のブラジルの気候とで原形を保つのは至難。よほど心して扱ってこないと、いわゆる宝の持ち腐れとなる。
刃物なら使わない手はない。そう考えた息子にツミはない。意外に切れ味があって重宝でもある。こうして宝刀は、象徴としての地位と存在を失うこととなった。
この三世氏、まったく価値を知らないわけでもなさそうだ。近年の忍者ブーム、サムライブームはブラジルでも例外ではない。日本刀が代々家に伝わっているということは、先祖はサムライであると確信に近いものを持っている。ゆえに、このままでは大刀のように紛失してしまうか、家人に疎まれてそのうちポイ捨てされてしまうと危惧したからこそ、史料館に寄贈して大切に保存してもらおうと決心したに相違ない。祖父やご先祖様に申し訳ないという気持ちが、垣間見えないこともない。そこのところを汲んでやるべきだろう。
サンパウロに持ち帰って中身を吟味した。といっても、こちらはそのすじの専門家ではない。悲しいかな、刀身に銘はあるものの判読できない。(画像右側に手書きでなぞってみた。解読できる方にご教示ねがいたい)
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さいわい鍔には、「長州 在 友賢」の文字があり、素人鑑定ながらインターネットで検索した結果、かろうじて江戸時代後期の作者とわかった。本体もその辺りの作とみてさしつかえないだろう。
三世氏の意を汲むと、父親や祖父ばかりか、彼らの先祖の無念さまでにじんできて、刀というより「位牌」をあずかったような気分になってくる。
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