塩 ひ と つ ま み

■なめてかかれ

先週のお稽古の中に「ひじきの煮物」がありました。味見の段階で、ひとりが「味がヘンです!」と叫びました。苦いというのです。ピンときました。塩と砂糖の入れちがいです。その通り、「砂糖大さじ1」のところに、まちがって「塩大さじ1」を入れてしまったのです。

日頃から、「当学園のメニューに塩の大さじはありえませんよ」と口を酸っぱくしていっています。つねに「塩は小さじ」、それも6人分ですから「小さじ1」か「小さじ2」どまりです。塩を大さじ1も入れると、しょっぱすぎるか苦くて食べられたものではありません。おそらくこの「ひじきの煮物」は、レシピを読み違えたのではなく、砂糖と塩の実物を見誤ったものと思われます。

「みなさん、塩と砂糖をまちがえないでね」
というと、どういうわけか、塩でも砂糖でもつまんで鼻へもっていきます。同じ白色なので、まずにおいでかぎわけようとするのでしょう。
「におわないでしょ?」
「・・・」
キョトンとします。わかったような、わからないような表情です。

「なめるのが一番なのよ」
こういうと、すかさず、なーんだといいながら、安堵の顔つきに変わります。見分け方として、舌よりも鼻を選ぶのは、嗅覚のほうが味覚より不快感や危険度がすくないと感ずるのかもしれませんね。

さわっても分かるのです。ただし、指先がそうなるには時間がかかります。回数をこなしてある程度の経験が必要です。週1回の授業だけでなく、家で何度もくりかえし料理するうちに体得できるものです。

最近は塩も砂糖も種類が増えてきました。ということは、ますます見た目ではわからなくなってきています。一例をあげれば、あら塩があります。粒が大きくざらざらして、一見どころか、さわってもグラニュー糖と見分けがつけにくい。やはり、なめるにまさる方法はありません。

ずっと以前、こんなテレビドラマがありました。タイトルは失念しましたが、よくある嫁と姑の確執をあつかった内容です。いじめられている嫁が姑に一泡ふかせようと、あることを企てます。姑が大切なお客に自慢の厚焼き玉子を作ってふるまおうとするときです。こっそり塩と砂糖の容器の中身を替えました。嫁の思惑通り、義母はその手に乗って、とても食べられない厚焼き玉子をお客にだしてしまい、大恥をかくといった筋書きだった思います。

でもこれは、三つの点で首をかしげます。
(1)厚焼き玉子を十八番(おはこ)にするほどのベテラン主婦の姑が、塩と砂糖をつまんでその違いがわからないはずはない。
(2)砂糖を大さじで5以上は使います。それほどの量の塩なら、まず出汁(だし)には容易に溶けません。そこで気が付くでしょう、オカシイと。
(3)またそれだけの量の砂糖を使えば、出来上がりの玉子焼きがふっくらして色つやがよくなるはずです。そこでも姑は気が付かなければなりません。

以上のことから、このドラマの脚本家もしくは演出家は料理を知らない人だと確信したものでした。

ところで、塩と砂糖の区別や数量をあやまっても、せいぜいしょっぱい・苦いの顔をしかめる程度で済みますが、場合によっては身体に影響をおよぼすことがあります。料理雑誌に載ったレシピの通り作って食べたところ、中毒をおこしたというニュースがありました。スウェーデンでのことです。リンゴケーキの香辛料の量を「ナツメグ2つまみ」とするところを、まちがって「ナツメグの実20個」と記載、この通りに作って食べた人がいて、4人がめまいや頭痛などの中毒症状におちいったというのです。

当初、雑誌社では「ナツメグを大量に入れて作れば苦くなるし、大量のナツメグは簡単に入手できないため、実際に作って食べる人がいるとは考えられず」、すぐには訂正しなかった。ところが犠牲者がでたことで、急遽、公表して警告のチラシをまわしたそうです。こうなると、塩であれ砂糖であれ、取り違えたところで無害だと安閑としてはいられません。体に変調をきたしてからでは遅すぎます。自分の身は自分で守る。自製のものでも既製のものでも、おかしいと感じたらそれ以上は口にしないことです。

だからといって、即、全部捨ててしまうのはモッタニナイ。いかにもゲイがない。ここからが家庭料理の腕の見せどころです。すくなくとも自分で作ったものでまちがいの原因がわかったら、投げ出す前に、なにかに転用できないかもう一度考えてみましょう。

「ひじきの煮物」の場合です。水洗いしても、あるいは水で洗ってさらに正しい調味料を入れて煮直しても、すでに味がしみ込んでいて本来の味に変えることはできません。やはり、捨てるしかないのでしょうか。

年嵩(としかさ)の生徒さんがアイデアをだしました。
「炊き込みごはんの具にしたら?」
そうです、それはいい考え。。

炊いたごはんがちょうどありました。そこで「塩大さじ1」入りのひじきの煮物をごはんに混ぜて、電子レンジ(2分)にかけ、試食しました。
「おいしい!」
シテヤッタリ。臨機応変、対応の妙、あるものを上手に利用する応用力=無駄をなくす、これが家庭料理の心得(こころえ)です。

教室では、塩・砂糖のまちがいをミゼンに防ぐための工夫がしてあります。「容れ物」です。砂糖は丸い容器、塩より多く使うので塩の容器よりも大きめです。いっぽう塩は、四角い容器に入れています。私のイメージの中では、「砂糖→甘い→やわらかい→丸い、塩→しょっぱい→固い→四角い」です。ふたの色も砂糖は黄色ないしは赤、塩は薄みどり。でもこれは、たまたまその色の容器があったからで他意はなし。むしろ、要注意の塩のほうを黄色か赤、砂糖はまあいいでしょうで緑、がふさわしいかも。あくまで、みなさん自身がそれぞれの感性で区別ができればいいのです。

もうひとつ、私だけのヒミツを明かしましょう。お稽古のまえに、塩の容器をいっぱいに満たしておきます。こうすると、塩の減り具合から、まちがって多量に使うとすぐわかる仕掛けになっているのです。

「似て非なるもの」の代表格であるミソはためらわれますが、塩・砂糖なら堂々となめてかかれますからご安心を。

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【野口料理学園】

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