塩 ひ と つ ま み

■理論武装 

「先生って、アガラないんですか?」
1人の生徒さんが聞いてきました。何のことかと思うと、
「先生のお話、おもしろい。ユーモアはあるし、間をとるのも上手だし、感心します」
「まあ、ありがとう。お世辞でもうれしいわ」
「いいえ、本当のことです。私も仕事でプレゼンやることがあるんですけど、アガリ症なんで全然ダメなんです。どうしたら度胸がつくんですか、教えてください」

人前でスピーチすると、緊張と不安にとりつかれ、心臓の鼓動が激しくなってしどろもどろ、自分をコントロールすることができなくなってしまう一種のパニック状態に陥ることのようです。そう言われても、私にはアガルという感覚がわかりません。度胸をつけるために努力したとか訓練した覚えがまったくないのです。

これまで、講義中にそうした精神状態になったことはありません。教室以外の出張講義やテレビの収録などにおいてもです。いちいちアガッテいたら仕事になりませんし、指の何本かは失っていたかもしれません。どうすればアガルのか、一度なってみたい気もします。俗にいう、心臓に毛が生えているのでしょう。自信過剰ととられそうですが、そうではありません。生まれつき図太く無神経、鈍感にできているというか、遺伝ですね、母もそうでした。

夫は正反対です。日頃、極度のアガリ症を自任しています。心臓はバクバク、顔が紅潮して息苦しく、言いたいことも言えない。といいながら、それは複数の人を前にしてのことで、1対1のときはまるで平気なのだそうです。
「ナニヨソレ」

自己分析が好きな(別の言葉でいえば、小難しい)夫のこたえは、
「話す内容もさることながら、目の前の人の顔の作りとか、そこからどんな声がでて、どんな抑揚とリズムと身振りで話すのかに興味がいって、アガルのを忘れてしまう。好奇心の方が勝ってしまう」
のだとか。
「人相とか骨相とかと声帯の関係?」
「それも含めて、その先にある人物の性格や品性、人格、人間力といったものを想像してみるんだ」
「大きくでましたね」
「1対1だとそれができるけれど、不特定多数の場合、それは無理」
「うーん、わかったようなわからないような…。人間観察ということかしら。つまり好奇心の塊、知的好奇心が旺盛だということをいいたいわけ?」

「ちがう、ちがう。そこへ持っていくと変になる。いまは、アガル/アガラナイの話だろ」
「ごめんなさい」
「ところがね、驚いたことに、まったく逆のタイプの人がいるんだ」
 夫が言うには、大勢の前では冷静でいられるのに、1対1になると駄目という人が。動揺してまともに相手が見られない、落ち着かない、恐ろしいのだそうです。これは少しわかる気がします。多数の目より、ひとりからディープに睨まれる方が私だって嫌です。何十何百の目より、目の前にいるひとりの視線に恐怖する姿は私も想像できます。
「それにさ、ひとりだろうが何百だろうが、まったく動じないっていうおよそ別種の人間もいるしね」
などと、言わでものことを言います。

そこで私も一言。
「断っておきますけど、アガラないとはいうものの、ドキドキ感は持っていたいのよ。慣れは怖いもの。白けた授業になってしまうでしょ。ある程度の緊張感は大事だし必要だと思うの。常に新鮮な気持ちで指導を心がけているつもり」
「欲張りめ」

生来の素質は根本的に変えることは難しいかもしれません。でも、カバーできる余地はあると思います。私は生徒さんに言いました。
「自信を持つこと。自分に自信を持つという漠然としたものではなく、説明するプレゼンの内容をしっかり把握して、どんな質問がきても絶対大丈夫なように理論武装するのよ」

<このページ最上段>
<これまでの塩ひとつまみ>
【野口料理学園】

§【ご意見、ご感想をお寄せください。ご質問もどうぞ。】  ichiban@kateiryouri.com


ホーム 月別 ジャンル別 これまでのお菓子 これまでのジュニア 学園案内 ケーキ屋さん