塩 ひ と つ ま み

■同じレシピでも中身は・・・(2) 

日本語レシピをポルトガル語に翻訳する作業で、興味深い点(3つ)を挙げてみます。

―その1 スタイル(様式)
材料の書き方の順序が逆。日本式はご存じのように「牛肉 100g」つまり、品名が前で、数量が後にきます。私たちはこれに何の違和感も感じません。分かりやすく合理的で、疑問の余地はないと思っています。ポルトガル語は逆です。「100gの牛肉」。先に数量で、名前が次に続きます。しかも、ご丁寧に「の」(de)が付きます。英語で言う「of」です(なくてもよさそうなものですが)。ブラジル人も同様に、自分たちのスタイルがベストだと疑っていないでしょう。

優劣の問題ではありません。感覚の差、習慣の違いです。日本の家庭料理のレシピなのだから日本式に従うべきと思いがちですが、この場合、ブラジル人に料理してもらうのが目的なので、理解の妨げにならないよう彼らのスタイルで行くのが王道、というか近道です。
反対の立場で考えれば納得がいきます。私たちがブラジル料理を作りたいと思った時、レシピは日本式に材料名が前で数量が後に書かれていた方がスムーズに頭に入りやすいからです。

順序がひっくり返って戸惑いはありますが、かえって分かりやすくなったことがあります。数量の単位です。日本語のそれはとても複雑です(ブラジル人にしたら怪奇かも)。ひとつ、ふたつから始まってネギは1本。玉ねぎは1個。シイタケは1枚。魚は1尾。エビは1匹。切り身は1切れ。イカは1杯。鶏は1羽。ほうれん草は1束…いやはや、ありすぎでしょう。これがポルトガル語では一切なし。じつにスッキリです。

―その2 通し番号
通常、ブラジルのレシピには、作り方の説明に番号がついていません。これはちょっとした驚きです。冒頭にポッチ=中黒(・)があるだけのものや、それさえないズラズラ書き。これで不安を覚えないのでしょうか。番号がなくても、上から順番に書かれているから、順序はあるといえばあります。けれど、たとえば「1の材料を、2の鍋に入れます。」の説明は、どう記述するんでしょうね。やたら長ったらしくなりそうな気がするのですが。

番号はやはりあった方が便利です。ポルトガル語版でも番号はそのまま外さないでおきました。一体にブラジル人というのは番号が煩わしいのでしょうか。
カリオカ先生に聞いてみました。
「私はあった方がいいと思います。ただ、日本の人は律義に番号にそって作っていきますが、ブラジル人は、取り掛かる前にざっと目を通して、フムフムなるほどねといった顔で、あとは目もくれず自分流ですすめて行くんです。たいして順番は気にしません。国民性でしょうね」
国民性(!?)、ですか。きっと、番号で縛られるなんて嫌、窮屈で命令されている、余計なお世話よと思っているのかもしれません。マニュアル人間の日本人と自由奔放なブラジル人、こんなところにも違いが出てくるんですね。

―その3
その国の言語というのは、長い年月にわたって歴史・風俗・文化が積み重なって出来上がっています。異なる言語に苦も無く置き換えられるなどというのはあり得ないでしょう。文学とちがって語彙数や表現が限られる料理レシピの分野でも、意味のかみ合わない事例がいくつも出てきます。3例取り上げてみましょう。

①日本語がひとつで、該当するポルトガル語が複数
煮込み料理から出る「アク」。カリオカ先生によれば、肉から出る濃厚なアクはgordura、野菜から出るサラッとしているのはespuma、もうひとつ、サトイモなどから出るネバネバした感じのがgosma。日系人はこれらを取り除くようですが、ブラジル人は気にしないのだとか。ただし、さいごのネバネバ(ヌルヌルも)だけはブラジル人の大の苦手とするところで、納豆、オクラ、長芋などは、先生も来日時は泣く泣く食べたそうです(おかげで今では大好き)。

②ポルトガル語がひとつで、該当する日本語が複数。
ポルトガル語(動詞)のcozinharは、日本語に訳すと「料理する」。このほかに、「茹でる」「煮る」「ご飯を炊く」「魚を焼く」にも使い、一見便利なようですが、気を付けないと使い方を誤りそうです。

③該当する言葉がない
コメをとぐの「研ぐ」。これはポルトガル語に無いとかでlavarで代用。意味は「洗う」。日本人でもコメは洗うものだと思い込んで、「研ぐ」という言葉を知らない人がいるくらいです。

まだ始まってまもないこの翻訳作業は、ブラジルの日系人だけを特定してしまった反省を踏まえて、出自に関係なく一般のブラジル人に、日本の家庭料理を楽しんでもらえるよう再翻訳を試みています。幸い、カリオカ先生という適任者を得て、これからも順次レシピ数を増やしていこうと思っています。

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<これまでの塩ひとつまみ>
【野口料理学園】

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