塩 ひ と つ ま み

■非はどっちに? 

●A子ちゃんはジュニアクラスで小学1年から習いに来ている高校1年生。私がブラジルに行っていた4年間を除いて、実質6年間習っています。お姉ちゃんも小学1年から高校まで通っていました。ジュニアクラスの生徒は、月1回の授業ですが、小学6年間プラス中学3年間、A子ちゃん姉妹のようにさらに高校3年まで通う生徒もいて、みんな長いです。

先日も1カ月ぶりに来ました。
「先生、お姉ちゃん仕事辞めたって」
「ええっ、もう」と私は絶句。短大の栄養科を出て、4月に就職したばかりです。
世間で言う5月病ということかしら。どうしてと聞く前に、A子ちゃんは言いました。
「あのね、イジメがひどいんだって」
給食設備のある保育園でした。望んでいた職場に決まって喜んでいたのに。
「イジメ?」
「食材を運んだり、野菜を洗ったりで面白くないんだって。料理を作らせてくれないんだって」

私は咄嗟に思いました。不満の理由はただ一つ、調理をさせてくれないからに違いないと。将来は料理の道に進みたいと、幼いころから何年も教室に通って基礎を身につけ、短大の栄養科を選んで栄養士の資格を取りました。実力もあります。高校生の時、県の料理コンクールで最優秀をとって実績を作りました。自信もつきました。これなら職場で最初から本格的に調理させてもらえるものと考えたのでしょう。

案に相違して、下働きばかりさせられて不満が募り、イジメを受けていると思い込んだのでしょう、わずか1カ月で辞めることになりました。なんともモッタイナイ話です、雇う方も雇われる方も。有能な人材を失った職場と、社会人一年生のスタートにつまずいた本人の双方が不幸です。惜しまれてなりません。

非はどちらにもありそうです。
雇う側は、新人の研修を怠った? あらかじめ時間を割いて組織の一員として先輩や上司に従うなどのルールを教え、その後いくつかの段階を踏んだうえで所定の仕事に入ることをきちんと説明しなかったのではないか。

彼女の方も、見習い期間を経ないですぐさま腕前を発揮できると思い込んだふしがあります。見習い期間なしでそれができるのは、同じ新人でも中途採用ながら豊富な経験と高い技術を持ったスペシャリストに限られます。社会人をスタートしたばかりの新人さんはそうはいきません。
一流の職人をめざすなら下働きの経験は必須。下働きは無益・無駄な仕事などではありません。雑用・雑役はたいへん重要です。それで得る総合的な知恵や知識がないと一流にはなれないのです。

●かく言う私は新卒の就職の経験はありません。女子大生の頃から母を手伝って、卒業後2年目からジュニアクラスで教えていました。50年を超えた昔です。以来、ヨソに就職することなくズルズル今日まできてしまいました。
面と向かっては言いませんが、助手さんたちの頭の中には園長の娘という意識はあったはずで、新人に必要な厳しい、それこそイジメに近いような見習い期間・研修期間を済ませていません。どこかに遠慮が隠れていた感じがありました。雑用の重要性を徹底的に教わらなかったと言えます。そんなまだら模様な下積みの空白を、半世紀以上かかっていろいろな形で徐々にですが、なんとか自分なりに埋めてこられたのではないかと思っています。

もしも彼女から事前に相談があったなら、こう言ったでしょう。 「まだ1カ月よ。もうちょっと待ってみたら。社会勉強と思って」
こんな月並みな言葉をかけてから、
「私が50年かけて分かった料理人の秘訣を話してあげる」
と、自分の未熟だった経験を晒(さら)しながら諭(さと)したことでしょう。

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【野口料理学園】

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