塩 ひ と つ ま み

■妄想 

●前回取り上げた日本陸上選手権大会、これは世界陸上競技選手権大会の選考会を兼ねています。世界陸上といえば、オリンピックに匹敵する権威ある大会で、オリンピック同様に金銀銅のメダルを授与されます。でも、当初はそうでなかった気が。「メダリスト」という称号は、オリンピックで勝った選手だけに許される唯一無二の名誉あるもので、世界陸上では使われていなかったと記憶しています(記憶違いかもしれませんが?)。それほどオリンピックは崇高な競技大会でした。そうです、「でした」です。激変したのです。

私たちの知っているオリンピックは、アマチュアスポーツの殿堂でした。アマはプロとは峻別されていました、営利という壁で。競技者をはじめスポーツ関係者は、金銭に絡んではいけない、商業主義と結んではいけないという厳格なルールがありました。いかに優秀な選手でも営利団体と癒着しているとみなされれば、容赦なくスポーツ界から追放されました。オリンピックはおろかあらゆる競技大会から締め出されたものです。アマチュア精神絶対の時代でした。アマチュアリズムの権化として、かのブランデージ会長が君臨、厳しい目を光らせていました。父が高校の体育教師でしたから、私もその厳格さを身近に感じていました。

●そのIOC会長が変わり、それまでご法度とされていた商業主義の縛りが解かれました。それどころか、運営すべてがお金を中心に展開されるようになり、選手も入賞すれば報奨金までもらえるのです。呆気にとられました。今までのルールは何だったの!

でも冷静に考えたら、金科玉条として振ってきたアマチュア至上主義の御旗に大きな矛盾と嘘がありました。ソ連中心の共産圏諸国では、選手は「国家公務員」という名のプロでした。オリンピックの表彰台で国旗を掲揚し、国歌を斉唱する国威発揚のために、全身全霊でトレーニングに没頭しました。目標が達成された暁には、一生困らないだけの金銭の保証と名誉が与えられます。どこから見てもプロフェッショナルです。これに目をつぶってきたのです。

IOCの方針転換は、アマチュア純血主義が汚されたと感じる一方で、プロが自由に参加できることになり、共産諸国が有利という不公平感は払拭されます。さらにプロアマを問わず真の世界チャンピオンが明確になるという利点があり、功罪相半ばというところでしょうか(進歩か後退かは分かりません)。

●新しい問題も出てきています。性別の判定です。男なのか女なのか。こんなこと、これまで考えもしなかった事態です。ご存じのように、パリ大会のボクシングで金メダルに輝いた女子選手の性別をめぐって二転三転、大きな波紋を呼びました。今後は他競技でも持ち上がりそうです。
ドーピングの問題も片付いていません。ロシアは未だに正式に復帰が認められていません。なぜでしょう?またやる可能性が高いからにほかなりません。根絶は難しいのでしょう。それを象徴するようなニュースが飛び込んできました。薬物使用可という大会です。「来年5月ラスベガス」と、日時・開催地もすでに決まっているようです。目をむきました。薬物の規制や禁止ではなく薬物奨励です。訳が分かりません。薬の力を借りてまで運動能力の限界に挑戦したいのでしょうか。人体に有害だから禁止されているはずなのに、首をかしげるばかりです。

●オリンピック並みに大規模な大会に成長したパラリンピックがあります。障害者に大きな希望と励みを与えてくれます。歓迎すべきことですが、気がかりなことがひとつ。私の妄想です。
たとえば、両足のない選手は人工脚を代替して走力を補佐しますが、その人工部位が精巧で高性能だった場合、オリンピック選手を凌ぐようなタイムを出す可能性はないでしょうか。大いにありそうです。人工腕はどうでしょう。これも替わりに装着した場合、健常者以上の力を発揮しそうです。一種のサイボーグです。ですが、これらは人体に有害というより、むしろ人体と融合し、手助け・支えとなりそうです。

介護の分野をみれば納得します。補助器具は人体の欠損部分や損傷部分を補ってあまりあります。有能なパートナーといえます。パラリンピックでも、人間と機械が共存する種目を新設すれば、これまでにない競技として楽しさを見出せるかもしれません。
妄想の付け入る隙はありませんでした。ごめんなさい。

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【野口料理学園】

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