| 塩 ひ と つ ま み |
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我田引水●認知症(アルツハイマー型)。昨日もテレビで特集番組がありました。敬老の日(9/15)だからかしら、とも思いましたが、日常的に認知症対策のサプリのCMは引きも切らず、認知症絡みの自動車事故は、起きるたびに大々的に取り上げられ、防災行政無線では、毎日のように認知症と思われる行方不明者の捜索願いが町中のスピーカーから流れます。今や認知症は真っ盛り!? 「人を見たら泥棒と思え」の譬(たと)え、「年寄りを見たら、認知症と思え」が大げさでないような風潮になってきました。
敬老する側から、される側になって○年です。"認知症は怖い""認知症になったらどうしよう"こんな疑心暗鬼にさらされている人は、私も含めて少なくありません。でも考えてみると、ガンのような死に至る病ではないし、激痛も伴いません。身体的な痛みはない代わり、介護してくれる周囲の人に迷惑(手間や費用)をかけてしまうという精神的な痛みはあります。
その精神的な負担も、病状が進行すればするほど遠のいていくという奇妙な逆転現象。いえ、それは正確ではないでしょう。ここからは想像ですが、ある程度までは自覚があって、病勢が増していくにしたがい、迷惑をかけてしまうという負い目も同時進行するでしょうが、重篤化すると一転、認知能力も思考能力も共にプッツリ切れて精神的な負担も感じなくなってしまう。
それだけではありません。記憶力、計算能力、言語能力、運転能力、物事の判断能力など最終的には不安や心配、恐怖もなくなってしまう、いわゆる認知・認識機能が失われます。これって、傷口が悪化して膿(う)んでしまうと却って痛みを感じないのに似てなくもない(?)。ただし、傷は膿んだ箇所を切除すれば快方に向かいますが、認知症は正常には戻らないという大きな違いがあります。かくも認知症は掴(つか)みどころのない、得体のしれない、扱いにくい、その意味では恐ろしい病気と理解した方がよさそうです。
●私の両親は父が72、母が71で亡くなり、認知症の予兆はまったくありませんでした。なので、私が認知症の遺伝子を持っているかどうかは分かりません。主人の方は、義父が98歳まで生きて認知症はなし。それどころか同居する義姉に向かって臨終の間際(まぎわ)に渾身の力を振り絞り、"ありがと"とびっくりするような大声でお礼の言葉を言い放って逝ったそうです。
義母の享年は92歳。こちらは米寿を迎えた頃に転倒して大腿骨を骨折、入院・手術と認知症を発症するお決まりのコースを辿って、そのまま亡くなるまでずっと…。それもあって主人は日頃から、「吉と出るか凶と出るか、確率は五分五分だよ」などと、おみくじでも引くようなおどけた調子で話します。
●「認知症の予防や病勢の抑制には料理が効果的」とか。我田引水ではありません。専門医のアドバイスです。料理講師としては、そう言われると嬉しい反面、身をもって実証しなくてはというプレッシャーがかかってきそうです。
確かに、献立を考えることから始めて、食材の買い出し、段取り、調理作業、盛り付けなど一連の工程をこなす中で、発想、思考、運動、コミュニケーション等の能力が起動し躍動すれば、まちがいなく脳の活性化を促します。これに達成感と満腹感が加われば、言うことなしです。
さらにもうひとつ。前もって期待感をいだかせると、各能力が倍加するようです。どういうことかというと、メニューを定番ではなく、これまで作ったことがない、食べたことがない未知の料理を持ってくる。そうすると、どんなものができあがるだろうか、どんな味がするだろうかといった興味や好奇心に駆られて各工程の取り組みに一段と熱が入るとのこと。なるほど、一理ありです。
認知症は地震のように前触れなく突然襲ったりはしません。不幸中の幸い、はっきりとした兆候があらわれます。また抑制も改善も可能と分かっているわけですから、その対処法のひとつに料理を加えていただければありがたいです。あららっ、やっぱり我田引水になってしまいました、ゴメンナサイ!
【野口料理学園】
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