塩 ひ と つ ま み

ブキッチョ 

●日本(2025/9/14現在)には、明治生まれが4人いるそうです(全員女性)。それを特集したテレビ番組があり、その内の一人に焦点を当てていました。明治44年生まれの114歳、元女医さんです。職業婦人が珍しかった時代、紛れもない女性のお医者さんの走りです。なにごともパイオニアには逆風が付きもので、それに類したエピソードが語られました。

何人もの人から、"女なんだから、お医者さんになろうなんて思わず、早くお嫁さんに行きなさい"という類いの忠告やらお叱りを受けたそうで、当時の女性の地位を如実に示しています。さもありなん、料理で言えば、日本の国民食カレーライスがまだ家庭料理として定着する、はるか以前です。

そのカレーを初めて食べたのはこの方が17歳の時、洋食屋さんだったそうです。食べている様子がイラストで画面に出ました。驚きました! スプーンを左手に持っていたことです。昭和初期、女性が人前で左手でスプーンや箸(はし)を使うことはあり得ないでしょう。
描いたのは若いイラストレーターに違いありません。当時の習慣に考えが及ばなかったのでしょう。描いた本人が左利きだから自然にそうしたのか、あるいはもしかしたら元女医さんが左利きで、そのことに敬意を表したのかもしれません、好意的にとらえれば。

司会の女子アナは、番組のためにわざわざ明治時代の女性の髪形と袴(はかま)姿に変身するほどの熱の入れようです。女子アナの身なりの考証に抜かりはなかったのでしょうが、イラストの違和感は見抜けなかったようです。女子アナやスタッフを含めて若い人たちが気が付かないのも無理からぬことです。私のような古びた年代の人間が、しっくりこないと感じる程度で、目くじら立てて指摘するほどのことではないのかもしれません。

ところがです。ゲストが二人いました。一人は年配の女性の時代考証家、もう一人も有名な男性の歴史学者です。この時代の女性の地位についていくつかコメントしていましたが、イラストについては何の指摘もありませんでした。これにもびっくりです。専門家ですよ、お二人とも、それも一流の…。残念でなりませんでした。

お二人はくだんのイラストを事前に見ていなかった可能性はあります。見ていたら、訂正しないではいられないはずです。生放送でしたから、秒を争います。このハプニングに気付いたでしょうが、番組の進行上、テレビ局に忖度して目をつむったのかもしれません。これも好意的にとらえればですが。

●ケアレスミスと言いながら、こんなことを私が取り上げるのには理由があります。
私も左利き(俗に言う「ギッチョ」)で、どうにも気になってしまうのです。3歳のお琴の初めてのお稽古で、先生に爪をはめてと言われて左指にはめたら、こっちの指ですよと直されたのを憶えています。

幼稚園の時もです。名前を呼ばれてハイッと挙げた手が左手。見ていた母は、あれっと思ったそうです。また小学1年のお絵描きで、チューリップを5個描くように言われ、みんなの倍の速さで仕上げました。チューリップは左右対称なので、私は鉛筆を左右両手に持ってあっという間に描き上げたというわけです。

私の上の年代は"左利きだとお嫁にいけない"と言われ、矯正を強いられたと聞きます。私の年代でも、その影響は根強く尾を引いていて、小中高を通じ、女子の左利きは他に記憶にありません。おそらくまとわりつく羞恥心から、悟られないように隠していた(?)のでしょう。私は親から矯正されることはありませんでした。自発的に両方使っていましたから、両刀使いです。
羨ましく思われそうですが、全然別です。私の場合、器用な二刀流ではなく、中途半端ないびつ型とでも呼びたい変形です。基本は右利きです。箸も鉛筆も包丁も。絵を描くときは右でも左でも可です。

問題はハサミ。左手を使います。右手より力が入れ易いからでしょうけど、左利きのハサミではありませんから(左手用のハサミは出回っていませんでした)、上手に切れるわけがありません。まっすぐ切れないどころか、すぐ血豆を作ってしまいます。生け花のお稽古に通っていたころ、枝を切るのが大変で、先生の目を盗んでは、そっと左手で切っていましたもの。

●秩序を乱すとして、集団の中の異質を嫌う日本人は、左利きをまるで欠陥であるかのように見做し、さらに男社会にあって女性の左利きはさらに肩身の狭い思いをしてきました。今はいい時代です。左利きだからと言って色眼鏡で見られることはなくなりました。左手用の道具もそろっています。当の本人も恥じ入ることなく、少数派の上に器用な左利きが目立つところから、生来の左利きにむしろ誇らしささえ漂わせています。

私は見た目は右利き、ときどき左利きです。でも誇れる器用さは持ち合わせていませんから、「隠れギッチョ」あるいは「不器(ぶき)な左利き」とでも呼んでもらいましょうか。二つ合わせると、その通り「ブキッチョ」です。

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【野口料理学園】

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